枯草菌、シリカゲルをまとう
メリークリスマス!しまふくろうです。
#今年読んだ一番好きな論文2021 に今年もエントリーしました。
今回紹介する論文はこちらです。
あれこれ悩んだ末にサムネイルがキャッチーだったので、今月でた論文を紹介することにしました。
自己組織化するタンパク質と枯草菌を改造し、二酸化ケイ素(シリカ)をミネラル化(鉱化, シリカゲル形成)させるをデザインしたという論文です。
背景
「Engineered Living Materials (ELMs. 日本語だと人工生物材料?)」をご存知でしょうか?
「機能性のある材料を組み立てることができ、環境応答可能な生きた細胞からなる生物材料」のことを指し、合成生物学と材料科学の融合領域の研究として注目されています (かっこいい説明はこちら. 英語)。
本論文の著者らは、ELMsの新たな可能性を探究するため、枯草菌 (Bacillus subtilis)を生きた細胞として選び、自己集合するタンパク質を分泌することで細胞間の結合 & シリカの鉱化 (シリカゲル形成)に取り組みました。
材料 & システムの紹介
枯草菌 (Bacillus subtilis) (図1-a)
今回のモデル生物。納豆菌 (Bacillus subtilis natto)もこの種の中に属している。
枯草菌のここがすごい!
1. 産業的に利用されており、安全性が一般に認められている
2. タンパク質の分泌能力が高い
3. 芽胞を形成し休眠することで過酷な環境でも生き延びることが可能
枯草菌のここがダメ!
1. 芽胞形成の時に細胞が壊れてしまう
2. ゲノム上にない遺伝子の変異率が高い (考察で議論)
EtuMタンパク質 (図1-b)
細菌由来のタンパク質。6分子集まることで二次元格子構造を形成する。本論文では細胞外にこのタンパク質を分泌する。
二酸化ケイ素 (シリカ)
自然界に豊富にみられるミネラル。(”シリカ"で検索すると怪しい水がたくさん出てくる)
SpyCatcher / SpyTag システム (図1-c)
SpyCatcherタンパク質 (SpyC)とSpyTagが自発的に共有結合することを利用し、SpyTagが結合したタンパク質とSpyCatcherが結合したタンパク質同士を結合させるツール。
シリカミネラルペプチド
シリカをミネラル化させる触媒作用のあるペプチド(短いタンパク質)。天然に知られている配列や人工的に設計されたものが既に知られている。天然のものは骨格や殻の形成に利用されている。
図1. 材料および本論文で登場するシステム
研究内容
本論文の研究では、著者らは以下の4つの事を取り組んでいます(図2)。一つずつ紹介していきます。
1. 製造システムの設計 (Fabrication)
2. シリカのミネラル化と枯草菌の結合 (Assembly)
3. ELMの設計(Biocomposite)
4. ELMの再生 (Regeneration)
1. 製造システムの設計 (fabrication)
まず著者らは、枯草菌の中で作られたEtuMSpyCを細胞外に放出することを目指しました。EtuMを細胞外に出すためのシグナルペプチドSacB (郵便番号のようなもの. これがついていると細胞外に放出される)をEtuMに付加し、EtuMが細胞外に放出されることを確認しました。
次に、枯草菌の改変を行いました。「枯草菌のここがダメ!」で書いた通り、枯草菌は芽胞形成と同時に細胞が分解されてしまいます。そこで、芽胞形成時に細胞を分解してしまう酵素lyt Cの遺伝子を欠損させました。また、べん毛の密度が減らして細胞同士の過剰な凝集を防ぐため、べん毛の形成に関わる遺伝子 (flhG)を欠失させました。この二つの変異を持つ枯草菌 (ΔlytC ΔflhG)は芽胞形成時に細胞が分解されず、また両端からのみべん毛が生えていることを確認しました (図3)。
さらに、細胞外に放出したEutMSpyCと枯草菌を結合するために、べん毛タンパク質フラジェリンへのSpyTagの導入を試みました。フラジェリンの9箇所の候補部位にそれぞれSpyTagを導入し、べん毛を形成でき、細胞外に存在するEutMSpyCと結合したフラジェリン変異体の設計に成功しました。
2. シリカのミネラル化と枯草菌の結合 (Assembly)
シリカのミネラル化
EutMによってシリカをミネラル化するために、シリカのミネラル化機能を持つ既知のペプチドをEutMと融合させ、シリカの析出が見られる組み合わせを探索しました。四種類のペプチドとEutMの融合タンパク質を設計し、試験管内の実験でCotBペプチドを含むEutMが最も鉱化シリカ量が多いことを発見しました。設計したタンパク質を1で設計した枯草菌に生産させ、細胞外に放出させることで、シリカゲルのミネラル化が確認されました (図4)。このミネラル化されたシリカゲルをさらに固化し、シリカゲルブロックの成形にも成功しています。
3. ELMの設計(Biocomposite)
シリカゲルのミネラル化と枯草菌の結合に成功した筆者らは、ゲルの機能化を目指しました。具体的には、紫色のタンパク質を発現させた枯草菌をシリカゲルの中に閉じ込めることで、紫色のシリカゲルを作製しました (図5)。
4. ELMの再生 (Regeneration)
ELMsは材料を成形した後も生きているので、破損等に対して自己再生することが期待されています。そこで著者らはこのELMが自己修復可能かを検証しました。シリカゲルの一部を切り取り、1日かけてシリカを固化させました。その後、新しい培地に移し2日間培養した結果、タンパク質の生産誘導をかけることによりEutMタンパク質の細胞外への放出およびシリカのミネラル化が確認されました。これらの結果はシリカ物質内でも枯草菌が生存しており、材料生産能を維持していることを示しています。
しかし、さらに長期間のシリカ固化の後同様の実験を行ったところ、EutMの細胞外への放出が確認できませんでした。この原因の一つとして、プラスミドにコードされたEutM遺伝子に変異が入ってしまったことが挙げられました(枯草菌のここがダメ2)。
【感想】(後で加筆)
面白かった点
- 枯草菌を生かしたまま材料として使ってしまうアプローチが面白いと思いました。実は今回の紹介論文で初めてELMsを知ったのですが、今後の発展に目が離せないですね!
- 本筋を失いそうになるほど様々な条件検討を重ねていて、著者らの苦労が感じられました。
難しいと感じた点
- 実際の材料生産で使っていくにはまだまだ改良が必要そう。100 mMのシリカ濃度もかなり濃いため、より低濃度で設計できるかが今後の課題。
- 遺伝子組み換え微生物の扱いが応用する上でネック。環境中に放てないので、作った材料を使える場所が難しい...
- 合成生物学と材料科学の境界分野だけに、材料科学サイドの内容があまりわからなかったです。融合分野ムズカシイネ
参考資料(後で加筆)
ELMsに興味持った方へ (英語)
Dr. Blake Bextine, Engineered Living Materials (ELM) (DARPA)
番外編: 紹介するか迷った論文
- D. Mishra, T. Bepler, B. Teague, B. Berger, J. Broach, R. Weiss, An engineered protein-phosphorylation toggle network with implications for endogenous network discovery. Science (80-. ). 373 (2021)
タンパク質リン酸化を利用したtoggle switchを設計した論文。興味がドンピシャ。 - C. Fan, Q. Deng, T. F. Zhu, Bioorthogonal information storage in l-DNA with a high-fidelity mirror-image Pfu DNA polymerase. Nat. Biotechnol. 39, 1548–1555 (2021).
鏡像異性体でできたPfuポリメラーゼを設計し、天然に存在しないL体DNAの複製を行った論文。暗号の選び方がクール。Researchat.fm さんでも紹介されていました